大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)1388号 判決 1960年8月31日

原告 大証株式会社

右代表者代表取締役 崎二郎

右訴訟代理人弁護士 原田永信

被告 扇屋商事株式会社

右代表者代表取締役 宮沢保太郎

右訴訟代理人弁護士 阪中繁市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が、その主張の約束手形一通(甲第一号証)を訴外棚橋五郎から裏書をうけたので、満期日にこれを支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶されたことは被告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

よつて先ず、右手形が被告代表取締役によつて振出されたかどうかについて考えてみるに、証人絹川清司、及び棚橋五郎の各証言、ならびに、被告代表者本人尋問の結果を綜合すると、右手形は、被告の国内における繊維販売業務を担当していた訴外絹川清司が、被告のためではなく、自己個人の取引のために、訴外棚橋五郎から買入れた商品代金支払のため、被告振出名義の手形振出について被告代表取締役を代理するなんらの権限がないのにかかわらず、被告事務所内に会計係が保管していた被告会社印及びその代表取締役印を勝手に押捺して作成された偽造手形であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。尤も前掲証拠を綜合すると、訴外棚橋五郎が訴外絹川清司と商談の上、本件手形振出前約一年間にわたり、被告に対し商品を売渡し、これが代金支払のため本件手形と同様の振出名義の約束手形数十通を訴外絹川から交付を受け、これがいずれも満期日に支払われていることが認められるけれども、右各取引及び手形振出ならびにその支払は、いずれも被告に内密で訴外絹川が自己のためにしたものであることが認められるから、右数十通の手形決済の事実をもつても前示認定を覆えすことができない。

そこで進んで原告の表見代理の主張について考える。

およそ、或行為がその行為以外の代理権限を有する者によつてなされた場合に、その効果を本人に主張せんがためには、(1)その者になんらかの代理権があつたこと、(2)相手方においてその者が本人を代理して行為をなすことを認識していたこと、(3)その者に代理権があると信じたこと、(4)代理権ありと信ずるにつき正当の理由を有したことを要するところ、証人絹川清司、及び棚橋五郎の各証言と、被告代表者本人尋問の結果を綜合すると、本件手形振出当時、被告は代表取締役二名のほか、訴外絹川を含む従業員二名を以て営業を営んでいたもので、前示の通り被告の国内における繊維販売業務の一切は訴外絹川が担当していたことが認められるから、前示(1)の要件を具備しているといわねばならない(而してかかる権限のみを有する訴外絹川の本件手形振出について、商法第四三条を適用し得ないことはいうまでもない)が、本件手形が、右訴外人が被告代表取締役を代理して作成された事実を訴外棚橋が認識していたこと、ならびに、同訴外人が、訴外絹川に手形作成の代理権があると信じたことについては、証人棚橋五郎の証言によつてもこれを確認することができない。却つて、右証人の証言によると、訴外棚橋は、本件手形が、被告代表取締役によつて作成振出されたものと信じていたのみであつて、訴外絹川が取締役を代理(署名代理)して振出したものとは考えていなかつたことが窺われるところであり、従つて本件手形振出については前示(2)(3)の要件を欠くものといわねばならないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の表見代理の主張を採用することができない。

してみると、被告は、訴外絹川によつて偽造された本件手形について振出人としての責任を負うべきいわれがなく、従つて、右責任の存在を前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例